歌なんて誰でも歌えると思ってた

50歳になる年だった。

なにか新しいことを始めようと思った。

きっかけは特になかったように思う。

ただ、人生の節目として、今までとは少し違う風を生活に入れたかったのだろう。

当時、候補は二つまで絞られていた。

一つは「慶応大学の通信課程への入学」

もう一つは、

「これまでの人生で一度も触れたことがない世界に飛び込む」ことだった。

さて、右へ進むか左へ進むか

通信制大学には縁があった。

30歳の時に放送大学へ入学し、働きながら7年かけて卒業している。

だから50歳になってもう一段上の学びの場へ進むという選択肢も、決して突飛なものではなかった。

ただ、どこか引っかかるものがあった。

「本当に勉強したいのだろうか?」

「また同じことを繰り返したいのだろうか?」

「それとも慶応卒という肩書が欲しいだけなのだろうか?」

そんな問いに、うまく答えを出せなかった。

でも、「慶応卒」って音が欲しいんだよな…って気づいてた。

うん。見栄っ張り。

もう一つの選択肢はずいぶん曖昧だった。

「今までやったことがないこと。」

それだけである。

ザックリしすぎてる。

ジャンルすら決まっていなかった。

そんな時にふと頭に浮かんだのが『ボイストレーニング』だった。

私は仕事柄人前で話す機会が多い。

ただ、昔から滑舌には少し苦手意識があり、声も通る方ではなかった。

「ボイトレとかどうよ?」本当にその程度の思いつきだった。

カラオケも多少上手くなれば一石二鳥くらいの感覚である。

今思えばだいぶ失礼な話だが、当時の私は歌を少し軽く見ていた。

喋ることと歌うことの違いも、よく分かっていなかった。

同じ「声を出す」というひとくくり。

ギターは独学で触っていたけれど、歌そのものを真面目に学んだことはない。

むしろ、「歌なんて誰でもできるものでしょ?」

くらいに思っていた。

未知との遭遇

さて、そんな50歳が初めてボイトレ教室の門を叩いた。

ところが、実際に始めてみると、思っていた世界とはだいぶ違った。

最初の先生は、とても真面目な先生だった。

歌のプロとしての自覚も強かったと思う。

それ自体は何も悪いことではない。

ただ、私のようなフワフワした動機で来た生徒とは、あまり相性が良くなかったのだろう。

レッスンは30分。

発声練習をして、少し指導を受けると終わってしまう。

その日の状態に合わせて進めるスタイルだったが、私はどうにも馴染めなかった。

というのも、私は理屈から入りたい人間である。

まず全体像が知りたい。

何を目指しているのか知りたい。

どんな仕組みなのか知りたい。

その上で試してみたい。

ところが、その先生の世界では、どうやらそういうものではないらしい。

半年ほど通ったが、正直なところ手応えは薄かった。

気分も上がらない。

上達の道筋も見えない。

それなら辞めても良さそうなものだが…

不思議なことに歌そのものへの興味はどんどん大きくなっていった。

だんだんと、「歌なんて誰でもできる」

と思っていた自分の認識が怪しくなってきたのである。

理屈派の救世主現る

その頃になると、ボイトレ系の動画なんかをいつも見るようになっていた。

ただ、多くの動画を見ても「なんか違うんだよな…」という感じで。

歌うこと自体は楽しい、でも上達への道が見えない。

そんなモヤモヤしていた時に、現在お世話になっている先生の動画が流れてきた。

先生は、とにかく理屈を説明してくれた。

発声の仕組み。

課題の切り分け方。

今どこに問題があるのか。

そして何を練習するのか。

もちろん歌は最終的に全部がつながって一つになる。

それでも、一度境界線を引いて整理してくれる。

そんな教え方が私にはとても分かりやすかった。

分かると出来るは別世界

もっとも、理解したからといって出来るわけではない。

レッスン中は出来ていたはずのことが、一人で向き合うと出来なくなる。

昨日出来ていたことが、今日は分からなくなる。

何を練習していたのか見失うこともある。

頭では理解している。

でも身体が再現してくれない。

今振り返ると、私は歌を学んでいたというより、身体というものを学び始めていたのかもしれない。

気がつけば、もうすぐ三年目に入る。

正直、今でもよく分かっていない。

ただ一つ分かったことがある。

少なくとも、

「歌なんて誰でもできるでしょ?」

という認識だけは、完全な勘違いだった。