私は身体に興味がある。
そう言うと…
筋トレの話だろうか?
健康法だろうか?
食事の話だろうか?
と思われるかもしれない。
もちろん、それらも含まれる。
でも、私は筋トレもしてなければ、健康食品も追っかけてないし乾布摩擦もしていない。
私が興味を持っているのはもう少し広い。
歌という全身の営み
歌は口や喉だけで歌うものではない。
呼吸を使う。
耳も使う。
姿勢も使う。
感覚も使う。
脳だって使う。
そして、それら全部をまとめて同時に行う。
つまり、身体そのもの全身を使って初めて歌える。
健康も同じだ。
食事だけで決まるわけではない。
運動だけでもない。
睡眠だけでもない。
全部つながっている。
だから私は、身体を部品の集まりというより、一つの塊として眺めることが多い。
身体は情報より正直
世の中には、「あれを食べた方がいい」とか、「これは身体に悪い」という話が山ほどある。
もちろん、それらには一定の根拠もあるのだろう。
でも私は、その手の話には強い興味がない。
なぜなら、身体には私たちの意思を超えた部分があるからだ。
どれだけ気を付けても病気になる人はいる。
運動していても怪我をすることはある。
努力しても老いは来る。
人はいつか死ぬ。
これは良いとか悪いとかではなく、
自然の理なのだと思う。
努力と結果の非対称性
更に言うと、私は「頑張れば何でもできる」「努力は必ず報われる」という言葉があまり好きではない。
いや、完全に否定する。
だって、そんなこたぁないからだ。
頑張ったから結果が出る。
努力したから成功する。
それは幻想だと思っている。
ただし、
だから努力なんて無意味だと言いたいわけでもない。
努力しなければ何も起きない。
行動しなければ確率は動かない。
だから行動する。
でも、行動したからといって、必ず自分に都合の良い結果が返ってくるわけではない。
身体と確率の関係
私は、しばしば投資について「運ゲー」と言う言葉で片づける。
実は身体も同じだと思っている。
健康も運の影響を受ける。
才能も運の影響を受ける。
出会いも運の影響を受ける。
老い方だって人それぞれだ。
結局のところ、
私たちは確率を「少し動かす」ことはできる。
でも結果そのものを支配することはできない。
私は身体を観察する。
歌を通して。
健康を通して。
食事を通して。
心理や脳の働きを通して。
身体は正直だ。
疲れれば疲れる。
眠ければ眠い。
鍛えれば変わる。
放っておけば衰える。
頭では色々考えられる。
でも最後は身体が現実を教えてくれる。
人間という自然の話
だから、このカテゴリーでは健康の話もする。
食の話もする。
歌の話もする。
脳や心理の話もするだろう。
でも、その先にあるのは結局、人間という『自然』の話。
思い通りにならない。
だから面白い。
結果は保証されない。
だからやってみたくなる。
そんな身体との付き合い方を、
ここでは少しずつ書いていこうと思う
