静かだけど落ち着かない世の中
ここ数年の生活は、どこか「静かすぎる」と感じることがある。
物価はじわじわ上がり、スーパーの値札は毎回ちょっとした肝試しだし、外食の値段は「え、前来たときより高くない?」と、記憶力のせいにするには限界がある。
先日、大好きなジン(お酒の)を買おうと思って、値札を見た瞬間に思わず店内で声が出てしまった(笑)
それでも生活は淡々と続いていく。
この静けさは、安心のようでいて… どこか薄い不安の膜のようでもある。
まるで、スマホのバッテリーが残り20%なのに、なぜか落ち着いているときのあの感じだ。
生活者としての感覚は、ニュースより正直だ。
ガソリンスタンドの数字は嘘をつかないし、 「値上げのお知らせ」はもはや季節の風物詩になりつつある。
そんな日々の中でふと、世界の大きな流れについて妄想することがある。
妄想と言ってしまえば軽いが、生活者の直感は案外侮れない。
今日はその妄想のひとつとして、「日米金利差のゆらぎ」を眺めてみたい。
(※注:もちろん、この先の話は妄想なので責任は取らない。取れない。)
日米金利差という遠い潮目
日米の政策金利なんて、普段の生活ではほぼ話題に上らない。
少なくとも、夕飯の献立を考えているときに 「ところで日米金利差なんだけどさ…」とはならない。
しかし、この“遠い存在”が私たちの財布の中にまで影響しているのだから、 世界はなかなかにややこしい。
今の日本の景気やら円安やらに大きな影響を与えているものに「キャリートレード」というものがある。
ま、細かい仕組みは生活者にはどうでもいい話で、“なんかすごい人たちが、すごい量のお金を動かしてるらしい”くらいの距離感が健全だと思う。
簡単に言ってしまえば「円を借りてドルで運用する」——と聞くと、 「それ、私もやっていいの?」と思うかもしれないが、もちろんしないほうがいい。
いや、やってはいけない。
というか、できない。
ただ、この巨大な資金の流れが円安を支え、 物価を押し上げ、住宅ローンの金利にも影響している。
生活者には見えないが、私たちの暮らしの裏側で常に動いている“潮流”だ。
潮流と言うとカッコいいが、実際は世界規模のドタバタ劇である。
いち生活者の妄想が描く未来図
さて、そんなドタバタ劇の今後の展開を少し予想…否。妄想してみる。
妄想のひとつとして、こんな未来を描いてみる。
”今後数年で、続く円安による経済不況を回避するため、日本の政策金利が2〜3%に近づき、それと同時期にアメリカがAIバブル崩壊で利下げに踏み切る。”
仮にこんなことが起きたとしたら、日米金利差が縮まり、キャリートレードの旨味が消える。
すると世界の投資家たちは一斉に円を買い戻し、ドルを売り、 「え、どこに逃げればいいの?」と右往左往する。
世界の金融市場が、ちょっとした学級崩壊みたいになる。
いたずらで先生いじめてたら、泣いて教室を飛び出してしまった後みたいな状況だ。
変な団結力から一つの結果を出して気分が高揚しつつも、ガタイのいい体育教師が殴り込んでくる不安が同居しているような…あの感じ?
このとき、安全資産と呼ばれるゴールドが最初に動く。
ゴールドはいつも冷静で、「まぁ、こういうときは私の出番ですよね」と言わんばかりに買われる。
そして次に動くのが日本市場だ。 米国が不況に入り、ドルの魅力が薄れたとき、 行き場を失った資産は行き先を探る。
なぜか日本が“逃げ場”として浮上する。
(「なぜか」については、また機会を改めて話そうと思う)
滞りが解消されるような、ゆったりした回復
でも、もし日本に大量の資金が流れ込むとしても、 それはバブルのような派手な上昇ではない。
むしろ、長年ジリ貧で血流が弱くなっていた経済に、 ゆっくり血が戻るような回復だと思う。
変な姿勢で腕を下敷きにして寝てしまって、血流が止まっていたところに寝返りで血流が戻ってくるような…
経済の毛細血管が「やっと温まってきたわ」と言い出すような感じだ。
企業の時価総額が増え、投資が増え、賃金が上がる。
金利は落ち着いて住宅ローンの負担も軽くなる。
生活者としては「それをもっと早くやってくれ」と思うが、実態経済は急には動かない。
急に動くのは値上げと市場の暴落である。
経済の実態は、粘度の高いオイルのようにジワジワと動いていく。
右肩上がりの成長ではなくていい。
というより、少子高齢化の後始末を控えている日本に右肩上がりの成長なんて起きるわけもない。
ただ、血流が戻り、生活の手触りが少しだけ柔らかくなる。
そんな回復が起きたら、日本人として少し安堵できる。
「やっとか…」とつぶやきながら、家でお気に入りのコーヒーを飲みながら窓の外の雲でも眺めたいものだ。
生活とつながった資産形成
こうした世界のゆらぎを眺め、あれやこれやと妄想を膨らませながら…私は自分の資産形成を生活の延長として考えている。
現在DC(確定拠出年金)の保有商品はTOPIX連動のインデックス投信だが、10年後の出口を見据えれば、S&P500やオルカンへの切り替えも選択肢になる。
AIバブルでアメリカ経済が低迷。S&P500もオルカンも下落局面。日本には行き場を失った資金が流入し、市場は活気を取り戻す…という妄想が現実化すればという話だ。
投資の世界では「出口戦略が大事」と言われるが、 生活者としては「出口どこ?」という気持ちになる。
だって、いつまで生きるか、いつまとまったお金が必要になるか分からないから。
ちなみに、私がゴールドを保有しているのも、投資というより 「世界の潮目を読むためのセンサー」に近い。
自分が持っていることで、興味というのは自然に湧いて「放っておけなくなる」のが人間というものだ。
「安全資産であるゴールドが動けば世界が動いている。」
その揺れを自分の生活の中で感じられるのは、ちょっとした“世界の天気予報”みたいで楽しい。
妄想の楽しさと実効
未来は誰にも読めない。
日米金利差がどう動くかも、AI景気の今後も、世界の資金フローがどう反転するかも、 実際には誰にも分からない。
ただ、生活者として世界のゆらぎを感じることはできる。
そして、妄想は妄想のままでいい。
妄想は無料だし、誰にも迷惑をかけない。
世界の動きを眺めながら、静かな生活の中で自分の資産を整えていく。
そんな姿勢が今の私にはちょうどいい。
今日の妄想は、ただの妄想かもしれない。
でも、生活者として世界を読むという行為そのものが、 私の生活思想の一部になっている。
静かな生活の中で、世界のゆらぎをそっと眺めていたい。
そして、たまにこうして妄想を文章にして遊ぶくらいが、 ちょうどいいのだと思う。
