「文章を置く場所」をつくるということ

日曜日の夕方、急に思い立ってブログを始めた。

思いついた時は、もっと簡単なものだと思っていた。

サーバーを契約して、WordPressを入れて、記事を書いて終わり。

そんなイメージだ。

ところが実際に始めてみると、なかなかそうはいかない。

プロフィールを載せたいだけなのに、やれ「固定ページ」だの「ウィジェット」だの「サイドバー」だの、聞いたこともない言葉が次々と現れる。

プロフィールを書いた。

固定ページも作った。

で、どこに表示されるんだよ…これ?

表示させようとすると別の設定が出てくる。

その設定を触るとまた別の言葉が出てくる。

触ってみないと変わらないのは分かってるけど、もとに戻せなくなる未来しか予想できなくて変に緊張する。

段々みえてきたのは、WordPressてのは、どうやら文章を書く道具というより、小さな家を建てるようなものらしい。

四苦八苦してプロフィールを作る時間の数倍かけてやっとサイドバーに固定ページを表示できた。

やれやれ…

パーマリンクというのも大事なものらしい…

意味はまだよく分からない。だが音だけは覚えた。(吾輩は猫であるみたいだな)

何だかよく分からないが「パーマリンク」という言葉だけは頭に残っている。

人間の記憶とは不思議なものである。

そんなことをしているうちに、ふと思った。

そもそも…私のブログに本当にそんなに多くの機能が必要なのだろうか?

検索窓。

最新記事。

カテゴリー。

SNSボタン。云々かんぬん…

色々なものが最初から用意されている。

でも私自身、他人のブログを読む時にそんな諸々を使った記憶がない。

記事を読んで、面白ければ他も読む。

それだけだ。

もしかしたら私が作りたいのは「ブログ」ではなく、「文章を置く場所」なのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、さらに別のことに気がついた。

最初は「何を書こうか」と考えていたはずなのに、もう、ちょっと違う。

投資の話を書こうか。

家庭菜園の話を書こうか。

哲学の話を書こうか。

そういうことではない気がしてきた。

何故かといえば、私が面白いと思う人たちは、特別なことを言っているわけではない。むしろ言っていることは案外ありふれている。

ただ、その人自身の失敗や遠回りや日常が混ざることで、不思議と面白くなる。

私も最近…

キュウリを根腐れさせたり。

トマトを割らせたり。

投資の口座開設でやらかしたり。

そういう話の方が、よほど人間らしい。

だからこのブログも、何かを伝える場所ではなく「こんな暮らし方もあるよ」ぐらいの場所でいいのかもしれない。(知らんけど)

Ojの日常

ちなみに、私の一日なんて基本的に…

朝、卵かけご飯を食べて会社に出かける。

昼、おにぎりと保温ジャーの味噌汁を食べる。

帰宅して、ベランダで煙草を吸いながらプランターの野菜を眺める。

取り組んでいることは、たまに失敗する。たまに上手くいく。

そしてまた次の日になる。

「何が面白いんだ?」と思われて当然の判をついたような生活である。

だが、そんな毎日を振り返ってみても、ここ数年「暇だな」と思ったことがない。

特別な何かをしているからではない。

ただ、目の前にあるものが「わりと面白い」のである。

もし、このブログが「何か」になるなら、それも面白い。

読者が増えるかもしれない。

収益が生まれるかもしれない。

本になるかもしれない。

そんな妄想もする。

でも結局のところ、それは続いた先にしか存在しない。

つまるところ

だから今日もまた、目の前のことを面白がりながら過ごす。

そして時々、その手触りを文章として置いていく。

今はそんな感じで十分な気がしている。(今はね)