ーはじめにー

岩が砕け、砂になり、流れに乗るまで

大きな岩が砕け、砂になり、流れに乗るように…

その形が元の形を思い返すことができないように…

いまの私は、かつて想像もしなかった場所に立っている。

正直に言えば、当時の私にこの姿を見せても 「いやいや、あんた誰よ」と返される気がする。

あなたにも ——気づいたら世界の見え方が変わっていた—— そんな瞬間があっただろうか?

もしなければ、これから訪れるかもしれないし、 訪れなくても人生はちゃんと続く。 そのくらいの軽さで読んでもらえたら嬉しい。

第一段階という“固く重い世界”

私は長いあいだ、固く重い世界の中で生きていた。 振り返れば、それを「第一段階」と呼べるのではないかと思っている。

当時の私はそんな名前も知らず、 むしろ「これが普通だ」と思い込んでいた。 なかなかの頑固さだ。

承認と正しさに支配されていた日々

承認されたい思いが、日々の行動のほとんどを支配していた。

正しさを振りかざし、衝突を繰り返し、摩擦を自ら生み出していた。

現在の私からすると 「そんなに摩擦を集めてどうするつもりだったの?」 と聞きたくなる。収集癖としては随分偏った趣味だ。

仕事では、成果だけが自分の価値だと信じていた。

評価されないと不安になり、認められないと腹が立ち、 自分の正義を通すために周囲を押しのけた。 当然、関係は壊れていった。

それでも私は、自分のどこに問題があるのか考えなかった。 いや、考える余裕すらなかったのだと思う。

八年間の停滞と、家族の支え

やがて心が折れた。

承認されない現実に耐えられず、逃げるように社会と距離をとった。

鬱という言葉でしか説明できない状態に沈み込み、 距離を置くことでしか自分を保てなかった。 その選択をした自分を責める気力すらなかった。

あれは人生の強制メンテナンス期間だったのかもしれない。 熱暴走したスマホが役目を放棄するように、すべてを止めてしまった。

回復には時間がかかった。 一年では足りず、二年でも足りず、気がつけば八年が過ぎていた。 「八年」と聞くと長く感じるが、当時の私は 「まあ、そんなこともある」と思っていた。 鈍感力だけは一流だった。

その間、表面的には日常を取り戻しているように見えても 内側は第一段階のままだった。 情緒は不安定で、家族に怒鳴り散らし、 無駄な消費で感情を埋めようとした。 静かに生きているようでいて、実際は何も変わっていなかった。

「お釣りの人生」だと自分に言い聞かせ、 期待も希望も持たず、ただ日々をやり過ごしていた。

冷静に考えてみると、そんな面倒な存在が家にいる状況を ずっと耐え忍んでくれた家族には頭が上がらない。 逆の立場なら「まっぴらごめん」だ。

本当に家族には感謝の想いしかない。

学びとの出会いと、迷走の始まり

そんなある日、偶然見つけた一本の動画が 長い停滞に小さなひびを入れた。 それが「学び」との出会いだった。

ただし、この時点でも私はまだ第一段階の住人だった。 ほんの少しだけ、別の世界の存在を知っただけだった。

学びに触れたあとも、私は相変わらず第一段階の世界にいた。 ただ、以前よりも少しだけ「変わりたい」という思いが芽生えていた。

その思いは、いつしか「稼ぎたい」という願望に姿を変えた。 お金を手に入れれば何かが変わるような気がしていた。 それは、かなり雑な希望だった。

投資を始めた。

知識も経験もないまま、情報だけを頼りに資金を動かした。 増えたり減ったりする数字に一喜一憂し、 気がつけば精神は削られ、生活は不安定になっていた。 それでもやめなかったのは 「いつか報われるはずだ!」という謎の信念があったからだ。

やがて投資ではどうにもならないと感じ始めた。 そこでビジネスを始めることにした。 何をすればいいのかも分からず、 とにかく動けば何かが変わると信じていた。

動きながら迷子になっていた。 ゴールがどこにあるかも分からず、ただ闇雲に全力疾走していた。

そんな中で、私は小さな私塾を立ち上げた。 学びを共有し、誰かの役に立てるかもしれないと思った。 数人の生徒が集まり、私はその場を「社」と呼んだ。

しかし実際の私はまだ第一段階のままだった。 承認されたい気持ちは消えておらず、 生徒の反応に一喜一憂し、思い通りにならないと苛立ちが湧いた。 変わった“つもり”の名人だった。 思い込みが服を着て歩いているようなものだった。

ある日、信頼していた生徒の一人が離れていった。 その理由は、私の言葉が「生理的に受け付けられない」というものだった…

この言葉を直接言われたことがある人はどれほどいるだろう? なかなか貴重な体験ではあったが、ダメージは相当なものだった。

その瞬間「社」の土台に入っていたヒビが一気に広がった。「社」という仕組みは、その出来事をきっかけに崩れ始めた。 それでも他の生徒たちは残ってくれていた。

そこから、どうすればいいのか分からなくなった。 路頭に迷ったのは外側ではなく、自分の内側だった。 「これから何を伝えていけばいいのか」 その問いだけが胸の奥に重く沈んでいた。

静かに訪れた第二段階

その空白の中で、ある日、静かな変化が起きた。

劇的な出来事は何もなかった。

ただ、長いあいだ固く閉じていた何かが 音もなくほどけていくような感覚があった。

朝が来て自然に目が覚め、何事もなく一日が始まるように。

私は、それまで自分がずっと第一段階の世界にいたことを理解した。 承認を求め、正しさにしがみつき、摩擦を生み、衝突を繰り返し、 逃げ、沈み、停滞し、それでも変わった“つもり”でいた。

そのすべてが、ひとつの線としてつながった。

そして第二段階の世界があることを 初めて“実感として”理解した。 そこは摩擦の少ない世界だった。

何かを証明する必要もなく、誰かに勝つ必要もなく、 未来に期待を抱く必要もない世界だった。 最初からそこにあったのに 私が気づいていなかっただけだった。

私はその道へ進むことにした。 決意というほど強いものではなく、 ただ「そちらのほうが静かだ」と感じたからだった。

すると残っていた生徒たちは、何も言わずにその変化についてきてくれた。

「これから」のこと

第二段階の世界に足を踏み入れてから、いくつかの変化が起きた。 お金の扱い方が変わり、意味づけの仕方が変わり、 人との距離感が変わり、未来への姿勢が変わった。 どれも劇的ではなく、ただ静かに自然に変わっていった。

摩擦が消えたわけではない。 ただ、摩擦に反応しなくなった。

怒りや不安が消えたわけではない。 ただ、それらに巻き込まれなくなった。

世界が変わったのではなく、世界の“質感”が変わった。

いまの私は、かつて想像もしなかった場所に立っている。

流れに逆らわず、意味を過剰に求めず、 できることを、できるだけ。

それだけで十分だと思える自分になった。

このブログでは、そんな世界の見え方を静かに置いていこうと思う。

誰かを導くためではなく、誰かを変えるためでもなく、 ただ、同じような摩擦を抱えている誰かが 少しだけ呼吸しやすくなるように。