台風は投票じゃ止められない

朝からセミが賑やかだ。

会社に着く頃には汗びっしょり。

正直なところ、私は暑さが苦手である。

特に湿度の高い時期はどうにも好きになれない。

とはいえ、よく考えてみれば一年中暑いわけではない。

私の住む場所は比較的温暖な地域だ。

真冬でもせいぜい氷点下1〜2℃程度。

私は一年中ほぼ素足に下駄で過ごしているが、それでも特に困らない。

寒いか寒くないかで言えば、そりゃ寒いよ。

でもまぁ、何とかなります。

つまり、一年のうち本当に苦手な季節は3〜4ヶ月程度なのだ。

逆に言えば、残りの8〜9ヶ月は割と快適に生きている。

夏の見え方

以前の私は、「暑い、暑い…」と目の前の不快感ばかりに意識を向けていた気がする。

でも最近は少し違う。

「別に、この暑さが未来永劫続くわけじゃない」と思えるようになった。

もちろん、そう思ったからといって涼しくなるわけではない。

暑いものは暑い。

今日だって普通に汗だくである。

ただ、「いずれ暑さは落ち着く」と思えるだけで随分気持ちは変わる。

不思議なものだ。

なぜか湧いてきた『夜と霧』

そんなことを考えていて、ふと思い出したのがヴィクトール・フランクルの『夜と霧』だった。
(この本は、第二次世界大戦のホロコーストを生き延びた心理学者の実態家の著書で、もの凄くヘビーな内容)

もちろん、強制収容所での体験と私の夏バテ気味の通勤を比較するつもりは毛頭ない。

そんなことをしたら怒られる。

そのぐらいの節度は持っているつもりだ。

ただ、人は状況そのものだけでなく、「その状況をどう捉えるか」によっても大きく影響を受ける。

という点には共通する部分があるように思う。

「この苦しみは永遠に続く」と思うのか。

「いずれ終わる」と思うのか。

同じ現実でも感じ方は変わる。

暑さの実際と経済

さて、そんな汗だく出勤していると、別のことにも思いが至る。

私の仕事は事務所でパソコンのキーを叩くことが中心だ。

もちろん仕事には仕事なりの苦労がある。

しかし、この炎天下の中で働いている方々に比べれば、ずっと恵まれている。

エアコン効いてるし、基本的に座ってるし。

建築。

土木。

電気設備。

物流。

廃棄物処理。

その他にもたくさんある。

毎年この季節になると、そういった仕事をされている方々には、本当に頭が下がる。

「同じ仕事をしてみろ」と言われても、私にはとても務まる筈がない。

ところが世の中というのは不思議なもので、社会を支える重要な仕事と、経済的な評価が必ずしも一致しない。

私が感謝している仕事ほど、労働に対する対価は厳しいものだったりする。

なんとも難しい話である。

経済の世界ではトマ・ピケティの提唱した「r > g」なんて言葉もある。

資本から生まれる利益(r)の伸びは、労働所得の伸び(g)を上回りやすい。

そんな考え方だ。

詳しい話はともかく、社会に必要な仕事と経済的な報酬が一致しないのも、ある意味では構造的な話なのかもしれない。

どこまでが自分の持ち場か

もちろん、「それはおかしい」と思う人の気持ちも理解できる。

実際、人類はこれまで何度も社会の仕組みを変えようとしてきたし、実際多くの犠牲を払ってきた結果「今の形」に収まっている。

それでも、なかなか上手くいかない。

人間社会というのは思っている以上に複雑だからだ。

だから私は、あるところで考えるのを止める。

放棄するという意味ではない。

自分がコントロールできる範囲の外だと認識するのである。

まず、窓を閉めよう

私にとって『社会』は、どこか自然現象に近い。

無数の人の思惑と不安と欲望が絡み合った巨大な流れだ。

だから『民主主義』とか、『選挙』という言葉や効果に、どうしても大きな疑問符が上がってしまう。

極端な物言いを恐れず言葉にすると、何かしらの社会的不都合の調整に対して選挙が行われたりするが…

「台風が来るか来ないかを投票で決めましょう」と言われているようなものに近い感覚で見てしまう。

台風だとしたら、投票するかしないかの議論は置いておいて…まず普通に窓の補強を始めない?

台風が来るなら備える。

窓を閉める。

飛ばされる物を片付ける。

非常食を用意する。

でしょ?

社会も自然に似ている気がする。

景気は変動する。

格差も発生する。

会社も永遠ではない。

人も歳を取る。

それを「無くそう!」と叫び続けるより、そういうものだと理解した上で備える方が「私には」しっくり来る。

例えばそれが、投資であり、健康管理であり、人間関係の維持であったり。

「範疇」という距離感

私たちが本当にコントロールできる範囲は案外狭い。

しかし、その範囲の中で「できること」は意外と多い。

社会という大きな海の流れを変えることはできないかもしれない。

けれど、自分の船の舵を握ることはできる。

夏の暑さも同じだ。

夏を消すことはできない。

でも、水分を取り、木陰を選び、過ごし方を工夫することはできる。

結局のところ、

私にできることは台風を止めることではない。

台風が来る前に備えておくことなのだと思う。

さて、今の私にできる一番現実的な備えは…

とりあえず早くエアコンの効いた部屋へ逃げ込むことだな。